メールは、確認や共有に強い道具です。
けれど、ヒット企画の種は、最初から整理された文章の中にあるとは限りません。
本題の前後に出た一言、少し愚痴っぽくなった話、何度も戻ってくるエピソード。
対面相談では、そうした整っていない言葉から、読者の本当の困りごとが見えてくることがあります。
「詳しい内容は、メールで送ります」
制作の相談では、よく交わされる言葉です。
メールには、確認したいことを整理して送れる、記録が残る、関係者へ共有しやすいという強みがあります。
制作を進めるうえで、欠かせない道具です。
ただ、企画の初期段階では、まだ送れる文章になっていないものがたくさんあります。
何となく違う気がする。
お客さんの反応を見ていると、そこではない気がする。
本当は別のことに困っているのかもしれない。
こうした曖昧な感覚は、メールを書く段階で削られやすいものです。
書く側は、相手に伝わるように結論を整えます。
受け取る側も、そこに書かれた相談内容を前提に考え始めます。
すると、最初の依頼文が、そのまま議論の枠になりやすくなります。
ヒット企画は、最初に送られてきた相談内容から生まれるとは限りません。
相手がまだ言葉にできていない悩みを、一緒に見つけたとき、企画の入口が変わります。
記事の目次
メールは整理に強いが、発見には弱い
メールの強みは、整理です。
何を依頼したいのか。
どの順番で進めたいのか。
何が決まっていて、何が未定なのか。
企画がある程度見えていて、確認事項や判断材料がそろっている段階では、メールは非常に強い道具です。
けれど、企画を考え始めたばかりのとき、相手の頭の中には、まだ言葉になっていないものが多くあります。
「何となくこうしたい」「この方向は違う気がする」「お客さんの反応を見ていると、そこではない気がする」。
そういう、輪郭のぼんやりした感覚です。
メールは、その曖昧さをそのまま扱うのが少し苦手です。
書く側が文章を整えるほど、本当は企画の種だった迷いや引っかかりが消えてしまうことがあります。
たとえば、「会社案内を作りたい」と書かれていたら、どうしても会社案内としてどう作るかを考えます。
けれど、実際には、営業の場で説明しきれない価値を一冊にしたいのかもしれません。
採用で誤解されやすい仕事の実態を伝えたいのかもしれません。
見込み客が比較の途中で離脱する理由を埋めたいのかもしれません。
最初のメールに書かれた相談内容は、必ずしも本当のテーマではありません。
対面相談が強いのは、その相談内容を受け止めつつ、そこから外側へ広げられるからです。
何を作りたいかではなく、なぜそれを作りたいのか。
その手前で何が起きているのか。
他の手段ではだめなのか。
そうした話へ自然に入っていけます。
整理はメールでできます。
けれど、発見は、整理しきれていない会話の中で起こることがあります。
雑談で出てくるのは、まだ企画になっていない本音
雑談というと、本題の外側にある、なくてもよさそうな話に見えるかもしれません。
けれど、企画の現場では、その外側にある話ほど重要なことがあります。
「最近、展示会でこんな反応が多くて」
「営業がみんな同じ説明をしてくれないんですよ」
「結局、お客さんは最初にそこで止まるんです」
一見すると、本題とは関係がないように見えます。
けれど、そこに相手が何を気にしているかが表れます。
本題では、人はきれいに話そうとします。
自社として何を伝えたいか。
何を作りたいか。
どう進めたいか。
そうした整った話を持ってきます。
一方で、雑談では、まだ整えていない言葉が出やすい。
少し愚痴っぽくなったり、同じ言葉を何度も繰り返したり、説明が前後したりします。
その整っていない部分に、企画の入口があります。
読者が反応するのも、たいていは整った説明ではなく、自分の悩みに近い言葉です。
「わが社は〇〇という価値を提供しています」より、「このまま進めていいのか、判断がつかない」「比較しているのに、決め手が見えない」「よかれと思っているのに、結果が出ない」のほうが、自分ごととして受け取られやすい。
雑談は、相手の本音を知るためだけのものではありません。
読者の入口になり得る言葉を見つける場でもあります。
編集者が雑談を大事にするのは、会話を盛り上げたいからではありません。
まだ題名になっていない悩みを拾いたいからです。
対面相談では、「答え」より「ズレ」が見つかる
対面相談で編集者が見ているのは、相手の答えだけではありません。
むしろ、大事なのはズレです。
言っていることと、熱量のあるところが違う。
最初に出した相談内容と、途中で何度も戻ってくる話題が違う。
「これを作りたい」と言いながら、本当に困っているのは別の場面に見える。
たとえば、メールには「サービスの全体像が伝わる本を作りたい」と書いてある。
でも、対面で何度も出てくるのは、「お客さんが途中で比較をやめる」「営業ごとに説明の仕方が違う」「担当者が社内で説明できない」という話だったりします。
そうすると、必要なのは単なるサービス紹介本ではなく、比較される場面で何をどう伝えるかを整理した本なのではないか、という見方ができます。
人は、本当に困っていることを、最初から正確に言語化できるとは限りません。
だからこそ、編集者は答えを受け取るだけでなく、ズレを読む必要があります。
どこで言葉が止まったか。
どの話だけ急に具体的になったか。
何を話すときに表情が変わったか。
どこだけ「実は」と前置きがついたか。
企画とは、相手が持ってきた答えをそのまま形にすることではありません。
相手がまだつかめていない本当の問いを、一緒に見つけることでもあります。
雑談からヒット企画が生まれるのは、場面が立ち上がるから
企画は、テーマだけでは強くなりません。
テーマ名だけでは、読者が自分ごとにしにくいからです。
大事なのは、そのテーマが必要になる場面です。
採用で困っている、ではなく、求人は出しているのに最終面接で辞退される。
健康が気になる、ではなく、健診結果は見たが、何から変えればよいか分からない。
資産運用に興味がある、ではなく、始めたいのに怖くて最初の一歩が決められない。
場面まで置かれたとき、読者は初めて「これは自分の話だ」と思えます。
そして、場面は雑談の中で立ち上がりやすい――「そういえば、この前もお客さんに同じことを聞かれて」「現場では、そこより先にこの説明をしていて」「結局、みんな最初にそこで止まるんです」。
こうした話の中に、読者がつまずく瞬間が入っています。
ヒット企画は、情報量が多いから生まれるわけではありません。
読者が「まさに今の自分だ」と思える入口があるから、手に取られます。
雑談が企画の役に立つのは、話が広がるからではありません。
読者の場面が見えてくるからです。
モデル事例:「業界の知識をまとめる本」が、「迷ったときの判断軸を渡す本」へ
ここでは、ある専門サービス会社から相談を受けたケースをもとに、モデル事例を紹介します。
最初に持ち込まれた企画は、決して悪いものではありませんでした。
その会社が長年蓄積してきた専門知識を整理し、一般の人にも分かる実用書にする。
業界特有の用語をかみ砕き、よくある失敗や注意点を解説する。
専門家だからこそ書ける内容もあり、一冊の本として成立する材料はそろっていました。
メールで企画書だけを見れば、「専門知識を分かりやすく伝える入門書」として、そのまま構成を考え始めても不思議ではありません。
けれど、対面で話を聞いていると、担当者が何度も戻ってくる話がありました。
「情報は、もうインターネットにたくさんあるんです」
「お客様も、相談に来る前にかなり調べています」
「でも、調べるほど、どれを選べばいいか分からなくなっているんですよね」
最初の相談は、専門知識を分かりやすく伝える本でした。
ところが、話を聞いていくと、本当に困っているのは、読者の知識不足ではありませんでした。
情報を集めても、自分に合う選択肢を決められない。
メリットとデメリットは分かったが、何を優先すればよいか判断できない。
専門家に相談する段階なのか、自分で決めてよいのかも分からない。
読者が止まっていたのは、知識を得る手前ではなく、知識を得たあとの「選ぶ場面」だったのです。
ここで、企画の重心が変わりました。
変更前は、「専門知識を分かりやすく体系化する本」でした。
変更後は、「複数の選択肢を前にした読者が、自分に合う判断をするための本」です。
扱う情報をすべて入れ替えたわけではありません。
同じ専門知識を使いながら、読者へ渡す価値を変えました。
変更前の構成であれば、
- 業界の基礎知識
- 専門用語の解説
- サービスの種類
- 手続きの流れ
- よくある失敗
- 専門家へ相談する方法
という並びになっていたでしょう。
けれど、判断を助ける本にするなら、構成は変わります。
なぜ調べるほど決められなくなるのか
選択肢を比べる前に決めること
価格だけで選ぶと見落とすもの
自分で決めてよいケースと、相談したほうがよいケース
迷ったときに戻る三つの判断軸
選んだあとに後悔しないための確認項目
読者が知識を順番に学ぶ構成ではなく、迷っている場面から入り、判断できるところまで運ぶ構成です。
この転換は、最初の企画書を否定したわけではありません。
専門知識を分かりやすく伝えるという強みは、そのまま残しています。
ただし、知識を渡すこと自体をゴールにせず、読者がその知識を使って選べるところまで、本の役割を広げました。
対面相談の価値は、企画が何もないところから、突然アイデアを生み出すことだけではありません。
すでにある企画の中から、
「本当はどこに価値があるのか」
「読者は、どこで止まっているのか」
「その本は、読後に何をできるようにするのか」
を見つけ直すことにもあります。
この事例で企画を変えたのは、派手なアイデアではありません。
担当者が雑談の中で繰り返した、「情報はあるのに、選べない」という一言でした。
ヒット企画は、情報を増やすところからではなく、読者が止まっている場所を見つけるところから始まります。
対面相談をムダにしない、編集者の進め方
対面相談が大事だと言っても、ただ会えばよいわけではありません。
雑談が大切なのは事実ですが、漫然と話しているだけでは、企画の核は見えてきません。
編集者には、雑談を企画へつなぐ見方が必要です。
まず大事なのは、事前に整理しすぎないことです。
資料やWebサイトには目を通します。
ただし、「この会社にはこの企画が向いている」と決めすぎない。
仮説は持っていても、確定しないことが大切です。
次に、相談の本題だけで終わらせないことです。
何を作りたいかだけでなく、なぜ今それを作りたいのか。
それがないことで、どこで困っているのか。
お客さんや現場から、どんな反応が出ているのか。
他の方法ではだめなのか。
話をその手前へ広げます。
さらに、相手の言葉を、その場で少し言い換えて返します。
「比較の途中で止まるんですね」「つまり、知ってもらうより、決めてもらう前の支援が必要なんですね」。
そう返すと、相手も自分の悩みを整理しやすくなります。
このやり取りの中で、「そう、それです」が出ることがあります。
その瞬間は、大事なサインです。
最後に、完全なタイトルではなくても、「この企画は、こういう人の、こういう場面に向けたものですね」と一文にします。
相談を情報交換で終わらせず、企画の仮説へ変えて返すためです。
対面相談の価値は、会ったこと自体にはありません。
会って見えたものを、企画の言葉へ変えるところにあります。
実務に落とす最小セット
対面相談の前後で、次の8項目を書いてみてください。
最初に持ち込まれた相談は何か
相手が「作りたい」と言っているものを、そのまま書きます。
なぜ、いま必要なのか
制作物がないことで、どこに問題が起きているかを確認します。
何度も繰り返された言葉は何か
本題と関係なくても、何度も戻ってきた言葉を残します。
急に具体的になった場面は何か
顧客、現場、営業、社内会議など、話の解像度が上がった瞬間を書きます。
最初の相談とのズレは何か
作りたいものと、本当に困っていることの違いを整理します。
読者は、どこで止まっているか
知る、比べる、決める、動くのどこで止まっているかを見ます。
企画の役割を一文で言えるか
誰のどんな場面で、何を判断・実行できるようにする企画かにまとめます。
仮タイトルで入口を試せるか
相手と読者の両方が「それだ」と思える言葉になっているか確認します。
最後に、次の一文へまとめます。
[どんな場面にいる人]が、
[何に迷っている状態]から、
[何を判断・実行できるようになる]企画か。
この一文が、最初の依頼内容よりも相手の本当の困りごとを表していれば、対面相談で見つけた企画の核が見えています。
まとめ
メールは、制作を前に進めるために欠かせない道具です。
確認、共有、記録。
その意味では、とても強い。
けれど、ヒット企画の種は、最初から整理された文章の中にあるとは限りません。
相手が何をつくりたいと言っているかではなく、なぜそれを必要としているのか。
どこで困っているのか。
誰がどんな場面で止まっているのか。
そこまで見えたとき、企画は急に強くなります。
本題の周辺で出た一言。
少し愚痴っぽくなった話。
何度も戻ってくるエピソード。
読者や顧客のセリフ。
そうした整っていない言葉の中に、読者の入口があります。
対面相談が重要なのは、対面だから丁寧、という話ではありません。
相手がまだ言葉にしきれていない悩みを、一緒に見つけやすいからです。
企画づくりで本当に必要なのは、正しい情報を並べることだけではありません。
読者が「これは自分のための企画だ」と思える入口をつくることです。
ヒット企画は、最初の依頼内容から生まれるとは限りません。
雑談の中で見えた「本当の困りごと」から生まれます。
- この記事の監修者
-
株式会社G.B.
雑誌・書籍・ムックの編集・出版を中心に、
その他にも広告媒体の企画・編集・制作著作権の管理・運用、翻訳、その他上記に付帯する一切の業務を行う。
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