著名人や専門家へのインタビューでは、限られた時間の中で、プロフィールや実績を確認するだけでは足りません。
すでに何度も聞かれてきた質問の先へ進み、その人の考え方が伝わる具体的な言葉を引き出す必要があります。
取材の成否を決めるのは、質問数の多さでも、話術の巧さでもありません。
準備、聞き方、掘り下げ方、そして原稿へ変換するまでの設計です。
「この方なら、話を聞くだけで面白い記事になるはずです」
著名人や専門家への取材では、そう期待されることがあります。
たしかに、経験も知識も豊富です。
名前だけで読者の関心を集められる人もいます。
けれど、肩書きの強さと、記事の面白さは別です。
よく知られている人ほど、同じ質問を何度も受けています。
答えも洗練されています。
短い時間で要点をまとめる力があるため、取材は滞りなく進みます。
ところが、原稿にすると、どこかで読んだことのある話ばかりになる。
そんなことがあります。
取材が失敗するのは、相手が話してくれなかったからではありません。
話してくれた言葉の中から、その人らしさが出る場所を見つけられなかったからです。
インタビューは、情報を回収する作業ではありません。
相手の経験、判断、迷い、言葉の癖を通じて、その人にしか語れないものを見つける編集作業です。
記事の目次
インタビューは「質問をする場」ではない
取材前には、質問項目を用意します。
経歴、現在の活動、転機、仕事への思い、読者へのメッセージ。
必要な項目を漏れなく並べることは大切です。
ただし、質問票を上から順番に読み上げても、よいインタビューにはなりません。
質問票は、会話を進める台本ではなく、取材で見失ってはいけない論点を確認する地図です。
実際の会話では、予定した順番を外れ、相手が話したくなった場所へ少しついていく必要があります。
たとえば、「この仕事を始めたきっかけは何ですか」と聞いたとします。
相手が経歴を簡潔に説明したあと、「当時は、正直やりたくなかったんですけどね」と付け加えた。
ここで次の質問へ進むか、「なぜ、やりたくなかったのですか」と聞くかで、記事は変わります。
プロフィールに載るのは、何をしたかです。
読者が知りたいのは、なぜそれを選び、何を怖がり、どこで考えが変わったかです。
取材者の役割は、質問を消化することではありません。
相手の言葉の中から、読者が立ち止まる場所を見つけることです。
失敗する取材は、質問票の完成度だけを上げている
取材準備というと、質問項目を増やすことに意識が向きます。
質問が多ければ、沈黙を避けられる。
必要な情報も取りこぼさない。
そう考えるからです。
けれど、準備で本当に必要なのは、質問を増やすことではありません。
相手について調べた情報を、三つに分けることです。
一つ目は、すでに公表されている事実。
経歴、著書、受賞歴、活動内容などです。
二つ目は、過去のインタビューで何度も語られている話。
代表的な転機や信条、定番のエピソードです。
三つ目は、まだ説明されていない空白です。
なぜその選択をしたのか。
前後で何が変わったのか。
本人は成功と呼んでいるが、当時はどう感じていたのか。
よい取材準備は、公表情報を質問へ変換することではありません。
公表情報を読んだうえで、どこに空白があるかを探すことです。
「著書で〇△と書かれていますが、改めて教えてください」では、すでにある説明を繰り返してもらうことになります。
それよりも、「その判断をした時点では、周囲にどう説明していたのですか」「いま振り返ると、当時の自分は何を見落としていましたか」と聞く。
既知の事実の前後を尋ねると、その人の判断が見えてきます。
著名人と専門家では、魅力の引き出し方が違う
著名人と専門家は、同じ「話を聞く相手」でも、取材で起きやすい問題が違います。
著名人は、話すことに慣れています。
自分の経歴や代表作を短くまとめ、場を盛り上げる言葉も持っています。
取材は進みやすい一方で、過去の記事と同じ話になりやすい。
著名人への取材では、「まだ話していないこと」を無理に探すより、よく知られた出来事を別の角度から見直すほうが有効です。
成功した瞬間ではなく、その直前に何を諦めようとしていたか。
評価された作品ではなく、本人がいま見ると直したい点は何か。
専門家は、知識が深い分、説明が正確です。
ただし、専門用語や前提が多くなり、読者との距離が生まれやすい。
専門家への取材では、知識を減らしてもらうのではなく、知識が必要になる場面へ置き直します。
「この制度の特徴は何ですか」ではなく、「初めて相談に来る人は、どこを勘違いしていますか」。
「正しい方法を教えてください」ではなく、「一般の人が、よかれと思ってやりがちな失敗は何ですか」。
著名人には、既知の物語の裏側を聞く。
専門家には、知識が生活や仕事のどこで必要になるかを聞く。
相手の強みに合わせて、質問の入口を変えます。
予定調和を崩すのは、深い質問より具体的な確認
「もっと深い話を聞きたい」と考えると、抽象的で大きな質問をしたくなります。
人生で大切にしていることは何ですか。
成功とは何ですか。
これからの時代に必要なことは何ですか。
悪い質問ではありません。
ただ、答える側も抽象的になりやすく、整った言葉で終わることがあります。
予定調和を崩すのは、深そうな質問ではなく、具体的な確認です。
「苦労しました」と言われたら、何が一番大変だったのか。
誰に何と言われたのか。
帰宅したあと、最初に何をしたのか。
「反対されました」と言われたら、反対したのは誰か。
どんな言葉だったか。
その場でどう返したか。
「決断しました」と言われたら、最後まで迷っていた選択肢は何か。
決めた翌日に何を変えたか。
具体的な場面を確認すると、相手の記憶が動き始めます。
事実だけでなく、当時の温度や関係性が出てきます。
編集者は、相手を問い詰める必要はありません。
「そのとき、どこにいましたか」「誰が一緒にいましたか」「最初に何と言いましたか」と、場面を一つずつ置けばよいのです。
深さは、質問の大きさから生まれるのではありません。
具体性を重ねた結果として生まれます。
モデル事例:実績紹介の取材が、仕事観を伝える記事へ変わった
ここでは、ある著名なクリエイターへの取材をもとに再構成したモデル事例を紹介します。
最初に想定されていた記事は、代表作と実績を振り返る内容でした。
どのようにキャリアを築いたか。
転機になった仕事は何か。
成功の理由はどこにあったか。
読者が知りたい情報はそろっています。
事前資料を読むと、代表作については過去の取材でも詳しく語られていました。
制作のきっかけ、ヒット後の反響、業界への影響。
もう一度聞いても、完成度の高い定番の答えが返ってくるでしょう。
取材の途中、本人が何気なく、こう話しました。
「いま見ると、あの仕事は、僕一人では絶対に成立していません」
そこで、代表作の内容ではなく、誰とどうつくったのかを聞きました。
最初の案に反対した人は誰だったのか。
どの意見を採用し、どの意見を断ったのか。
自分の名前で出る仕事なのに、どこまで他人へ任せたのか。
話を掘り下げると、本人の魅力は「一人で強いアイデアを生み出す天才性」だけではないことが見えてきました。
相手の意見を受け入れる基準を持っていること。
自分の案を守る場面と、手放す場面を分けていること。
完成度を上げるためなら、年齢や立場に関係なく意見を聞くこと。
記事の中心は、代表作の成功物語から、「よいものをつくるために、自分のアイデアをどう扱うか」という仕事観へ変わりました。
実績は、読者を引きつける入口です。
けれど、読後に残るのは、その実績を生んだ判断や態度です。
取材で見つけるべきなのは、まだ知られていない経歴だけではありません。
よく知られた実績の中に隠れている、その人独自の判断基準です。
取材中に編集者が見ている5つのサイン
インタビュー中、編集者は回答の内容だけを聞いているわけではありません。
予定していなかった方向へ進むサインを探しています。
一つ目は、同じ言葉が繰り返されることです。
本人が無意識に何度も使う言葉には、考え方の中心が表れます。
二つ目は、主語が変わることです。
「会社としては」と話していた人が、「僕は」と言い直したとき、個人の考えが出る可能性があります。
三つ目は、急に固有名詞が増えることです。
人名、場所、商品名、会議名。
具体的な記憶へ入ったサインです。
四つ目は、答えたあとに付け足す一言です。
「まあ、実際は違ったんですけどね」「いまだから言えますが」。
本音は、回答が終わったあとに出ることがあります。
五つ目は、相手がこちらへ質問を返すことです。
「それ、読者は知りたいですか」「普通はどう見えるんでしょう」。
自分の話を、別の角度から見直し始めています。
こうしたサインが出たら、質問票へ戻る前に、一度だけ掘り下げます。
すべてを追いかける必要はありません。
記事の中心になりそうなものを選びます。
実務に落とす、失敗しない取材の進め方
取材を安定して成功させるには、当日の話術に頼らず、前後の工程を設計します。
取材の目的を一文にする
誰の、どんな魅力を、どの読者へ届ける取材なのかを決めます。
「著名人に話を聞く」では目的になりません。
公表情報と空白を分ける
プロフィール、過去記事、著書、動画を確認し、すでに語られた話と、まだ説明されていない部分を分けます。
質問を「事実」「判断」「場面」に分ける
何が起きたか。
なぜそうしたか。
そのとき、どこで誰と何を話したか。
三種類を用意すると、情報と人物像の両方を拾えます。
冒頭で取材の狙いを共有する
何を聞きたいかだけでなく、どんな読者へ、どんな記事として届けたいかを伝えます。
相手も、どの経験を話せばよいか判断しやすくなります。
回答のあとに一拍置く
すぐ次の質問へ進まず、少し待ちます。
沈黙を埋めようとして、相手がもう一言を足すことがあります。
具体的な場面を確認する
抽象的な言葉が出たら、場所、人物、セリフ、行動のどれかを確認します。
取材直後に「中心の一文」を残す
録音を聞き直す前に、この取材で何が一番面白かったかを一文で書きます。
時間がたつと、整った情報に引っ張られ、現場で感じた引っかかりを忘れます。
事実確認と表現確認を分ける
数字、名称、時系列は確認が必要です。
一方で、原稿の解釈や構成まで相手任せにすると、記事の重心がぼやけます。
編集者が責任を持って分けます。
まとめ
著名人や専門家への取材では、相手の知名度や知識量に頼るだけでは、その人らしい記事にはなりません。
すでに知られている経歴を確認する。
代表的な考えを聞く。
読者へのメッセージをもらう。
それだけなら、取材は無事に終わります。
けれど、無事に終わることと、読まれる記事になることは同じではありません。
考える順番は、次のとおりです。
- 質問票を台本ではなく、論点を見失わないための地図にする。
- 公表情報、定番の話、説明されていない空白を分ける。
- 著名人には既知の物語の裏側を、専門家には知識が必要になる場面を聞く。
- 抽象的な答えを、場所、人物、セリフ、行動へ置き直す。
- 繰り返す言葉、主語の変化、付け足した一言を見逃さない。
- 取材直後に、その取材で発見した中心の一文を残す。
よいインタビューは、相手からうまい答えをもらうことではありません。
相手自身も整理していなかった経験の意味を、一緒に見つけることです。
その人の名前で読ませる記事から、その人の言葉だから読後に残る記事へ。
取材の価値は、そこにあります。
- この記事の監修者
-
株式会社G.B.
雑誌・書籍・ムックの編集・出版を中心に、
その他にも広告媒体の企画・編集・制作著作権の管理・運用、翻訳、その他上記に付帯する一切の業務を行う。
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