シリーズの売上が落ちてきたとき、表紙を新しくする。
タイトルの言い回しを変える。
SNSでの告知を増やす。
どれも必要な施策です。
けれど、誰に届けるシリーズなのかが曖昧なままでは、見た目を変えても企画の迷いは残ります。
既存シリーズのリブランディングで最初に見直したいのは、デザインではなく「このシリーズは、誰のどんな場面で役に立つのか」という約束です。
「シリーズを立て直すために、装丁を一新したい」
既存シリーズの相談で、よく出てくる言葉です。
売上が鈍くなると、表紙の色が古く見える。
タイトルの型が弱い。
SNSで目立たない。
書店でシリーズに見えない。
目に見える問題から直したくなります。
もちろん、デザインは重要です。
けれど、シリーズが行き詰まった理由が「誰に何を約束する企画なのか分からなくなったこと」にあるなら、表紙だけを変えても、次の巻でまた迷います。
誰の悩みを扱うのか。
どの場面で手に取ってほしいのか。
読み終わったあと、何を判断できるようにするのか。
既刊と新刊を、どんな一文でつなぐのか。
ここが決まっていないと、企画会議では毎回、テーマの面白さだけを比べることになります。
著者ごとに語り口が変わり、巻ごとに読者像が動き、売り場も販促も別々になります。
リブランディングは、古い見た目を新しくする作業ではありません。
シリーズと読者の関係を、いまの市場に合わせて結び直す作業です。
記事の目次
シリーズが行き詰まると、なぜ見た目から変えたくなるのか
見た目の問題は、発見しやすいからです。
既刊を机に並べれば、色がばらばら。
ロゴの位置が違う。
タイトルの長さがそろっていない。
シリーズ名が小さく、単発本に見える。
改善点がすぐに見えます。
一方で、「誰に届けるか」のズレは見つけにくいものです。
企画書には、ビジネスパーソン、子育て世代、健康に関心のある人、投資初心者と書かれています。
間違いではありません。
けれど、その言葉だけでは、読者がどんな場面で本を探し、何を解決したくて目次を見るのかまでは分かりません。
読者像が広いと、テーマも広がります。
売れそうな話題を加える。
著名な監修者が見つかった分野へ寄せる。
既刊と少し違う切り口を探す。
そうして巻数は増えても、シリーズ全体の理由が薄くなります。
この状態で装丁を統一すると、見た目はシリーズになります。
しかし読者から見ると、「同じデザインの、別々の本」が並んでいるだけかもしれません。
シリーズの不調を見た目だけで直そうとすると、企画のズレをデザインで包むことになります。
「誰に届けるか」は、年齢や職業だけでは決まらない
シリーズのターゲットとして、「20代の会社員」「中小企業の経営者」「子育て中の女性」といった属性が置かれることがあります。
属性は、売り場や価格、言葉の難易度を考えるうえで役立ちます。
けれど、シリーズ企画の中心を決めるには、それだけでは足りません。
同じ20代の会社員でも、置かれている場面は違います。
初めて後輩を任され、教え方が分からない人。
異動先で、会議の進め方を任された人。
営業から企画へ移り、資料のつくり方に困っている人。
仕事には慣れたが、この先何を身につけるべきか迷っている人。
年齢は同じでも、探している本は違います。
必要なのは、「20代の会社員向け」という分類ではありません。
「初めて任された仕事を、何から始めればよいか分からない人」のように、本を探し始める場面まで置くことです。
場面が見えると、シリーズの入口も変わります。
仕事術を幅広く学べるシリーズではなく、初めて担当になった人が、最初の一週間で確認すべきことをつかめるシリーズ。
経営者向けのお金のシリーズではなく、黒字なのに現金が残らず、次に何を見直すか迷っている社長のシリーズ。
健康に関心のある人向けではなく、健診結果を受け取ったものの、どの数字から生活を変えるべきか分からない人のシリーズ。
読者を再定義するとは、対象を狭くすることではありません。
シリーズを必要とする瞬間を、具体的にすることです。
リブランディングは、既存読者を捨てる作業ではない
読者を再定義すると聞くと、これまで買ってくれた人を切り捨てるように感じるかもしれません。
けれど、リブランディングの目的は、過去を否定することではありません。
既刊が実際に誰に使われ、何を評価されてきたのかを見直し、シリーズの価値を言い直すことです。
企画時に想定した読者と、実際に買った読者が違うことはあります。
初心者向けに出した本が、新人を教える管理職に使われていた。
個人向けの実用書が、研修や営業現場でまとめて購入されていた。
幅広い入門書として出した本の中で、特定の章だけがSNSで共有されていた。
こうしたズレは、失敗ではありません。
シリーズが本来持っていた価値を、読者の行動が教えてくれている可能性があります。
大切なのは、想定読者をそのまま守ることでも、売れた読者へ機械的に寄せることでもありません。
既刊の売上、レビュー、問い合わせ、法人利用、書店からの反応を見ながら、どの読者にどの価値が届いたのかを分けて考えます。
リブランディングは、過去の読者を捨てる作業ではなく、既刊の中にあった価値を見つけ直す作業です。
読者を再定義するときに見る5つの材料
「次は若い読者にしよう」「法人需要を狙おう」と、会議の印象だけで読者を変えると、シリーズはまた揺れます。
再定義には、少なくとも次の5つを見ます。
どの巻が、どこで売れたか
シリーズ全体の合計ではなく、巻ごとの売れ方を見ます。
書店、EC、法人、イベントなど、販売先によって選ばれた理由が違うことがあります。
読者は、何を評価しているか
テーマがよかったのか。
図解が分かりやすかったのか。
仕事ですぐ使えたのか。
レビューや感想を、内容、読み方、利用場面に分けます。
どの言葉から、シリーズへ入っているか
検索語、SNS投稿、書店での紹介文、広告コピーを確認します。
出版社が使いたい言葉と、読者が探している言葉が違う場合があります。
買ったあと、どこで使われているか
自宅で読むのか。
職場の机に置かれるのか。
研修で配られるのか。
家族で共有されるのか。
利用場面は、次の販路と企画のヒントになります。
次に困ることは何か
読後に生まれる次の悩みを見ます。
同じテーマを深掘りするのか、別の場面へ広げるのか。
次巻の方向は、既刊の終わり方から考えられます。
数字だけを見ると、「何が売れたか」は分かります。
読者の言葉と利用場面まで見ると、「なぜ選ばれたか」が見えてきます。
モデル事例:「仕事術」シリーズを、「はじめて担当になった人」のシリーズへ
ここでは、複数の実用書企画をもとに再構成したモデル事例を紹介します。
既存のシリーズは、「図解でわかる仕事の基本」という考え方で展開されていました。
会議術。
プレゼンテーション。
マーケティング。
プロジェクト管理。
部下育成。
どのテーマも仕事に役立ちます。
図解中心で、専門知識がなくても読めることも共通していました。
けれど、巻数が増えるにつれ、シリーズの輪郭が弱くなりました。
仕事の基本を学びたい人は、誰なのか。
新入社員なのか。
管理職なのか。
異動した人なのか。
独立した人なのか。
各巻の読者が少しずつ違い、タイトルの言葉も、難易度も、売り場も動いていました。
そこで既刊の反応を見直しました。
レビューでは、「急に担当になり、何から始めればよいか分からなかった」「一通りの手順が見えた」「上司に聞く前に確認できた」という声が目立ちました。
法人では、新人研修よりも、異動や役割変更のタイミングで購入されていました。
評価されていたのは、仕事術を幅広く学べることだけではありません。
初めて任された仕事の全体像を、短時間でつかめることでした。
そこで、シリーズの読者を次のように置き直しました。
初めてその仕事を任され、経験者に聞く前に、全体の流れと最初の一歩を知りたい人。
シリーズの約束も変えました。
専門家になるための本ではなく、初めて担当になった人が、最初の一週間を動けるようにする本。
この約束をもとに、各巻のタイトルと構成を見直します。
「会議の基本」ではなく、
「はじめて会議を任されたら、最初に決めること」
「マーケティング入門」ではなく、
「はじめて商品を売る担当になったら、顧客より先に見ること」
「プロジェクト管理」ではなく、
「はじめて進行管理を任されたら、遅れる前に決めること」
「部下育成」ではなく、
「はじめて後輩を任されたら、教える前に確認すること」
テーマは同じでも、入口が変わりました。
読者は、分野名ではなく、自分に起きた場面からシリーズへ入れます。
構成も共通化できます。
最初に、その仕事の全体像を見せる。
次に、初日に確認することを示す。
よくある失敗を先に伝える。
一週間で整えるものを一覧にする。
最後に、次の段階で学ぶことを示す。
読者を再定義したことで、既刊の価値も消えません。
むしろ「図解でわかる」という強みが、誰のどんな場面で役立つのか明確になります。
リブランディングで変えたのは、テーマではありません。
シリーズが必要になる瞬間です。
変えるものと、残すものを先に分ける
リブランディングでは、すべてを新しくする必要はありません。
変えすぎると、既刊とのつながりや、すでにある認知まで失います。
反対に、残しすぎると、誰に届けるかを変えた意味が薄くなります。
そこで、シリーズの資産を三つに分けます。
残すもの
- 既刊で評価された読書体験
- シリーズ名やロゴの認知
- 図解、見開き、章立てなどの制作資産
- 著者や監修者との関係
- 書店や法人での販売実績
変えるもの
- 中心読者の定義
- タイトルの入口
- 帯や紹介文で使う言葉
- 各巻で扱う問題の大きさ
- 書店で提案する棚や法人利用の場面
つなぎ直すもの
- 既刊と新刊を一文で説明するシリーズの約束
- 既刊のどの巻から入っても理解できる導線
- Web記事、SNS、試し読みで見せる入口
- 旧デザインから新デザインへ移る識別要素
特に重要なのは、「つなぎ直すもの」です。
古いシリーズを終わらせ、新しいシリーズを始めるだけなら、既刊の資産は生かされません。
既刊の価値を新しい読者の言葉で説明し直し、次の巻へつなげる必要があります。
リブランディングは、変える作業より、残す理由とつなぐ方法を決める作業です。
実務に落とす最小セット
リブランディングの提案書をつくる前に、まず次の8項目を書いてみてください。
現在のシリーズは、誰向けと説明されているか
企画書、書店資料、Webサイトで使っている表現を書き出します。
実際には、誰がどんな場面で買っているか
レビュー、問い合わせ、法人利用、販売先から、利用場面を探します。
既刊で評価されている価値は何か
テーマ、読みやすさ、図解、実用性、持ち運びやすさなどに分けます。
シリーズが行き詰まった兆候は何か
売上低下だけでなく、巻ごとの読者のズレ、説明のしにくさ、制作会議の迷いも書きます。
新しく中心に置く読者の場面は何か
属性ではなく、何が起きて本を探し始めた人かを書きます。
新しいシリーズの約束を一文で言えるか
誰が、どんな場面で、何を判断・実行できるようになるシリーズかにまとめます。
残すもの、変えるもの、つなぎ直すものは何か
既刊の価値を失わず、新しい読者へ届くための線引きをします。
次の三巻を、同じ約束で説明できるか
一冊だけではなく、少なくとも三つのテーマへ展開できるか確認します。
最後に、次の一文へまとめます。
[どんな場面にいる人]が、
[シリーズ共通の読み方]によって、
[何を判断・実行できるようになる]シリーズか。
この一文が、既刊にも次巻にも当てはまれば、リブランディングの中心が見えています。
まとめ
既存シリーズが行き詰まったとき、最初にすることは、表紙を新しくすることではありません。
そのシリーズが、いま誰に必要とされているのか。
どんな場面で手に取られているのか。
既刊のどの価値を、次の読者にも残すのか。
ここを見直すことです。
考える順番は、次のとおりです。
- 見た目の問題と、読者との約束の問題を分ける。
- 属性ではなく、本を必要とする場面を置く。
- 既刊の売上だけでなく、選ばれ方と使われ方を見る。
- 評価された価値を、テーマと読書体験に分ける。
- 残すもの、変えるもの、つなぎ直すものを決める。
- 新しい約束で、次の三巻まで説明できるか確認する。
リブランディングは、過去を切り離して新しく見せることではありません。
既刊の中にある価値を見つけ、いま必要としている人の言葉で言い直し、次の企画へつなげることです。
表紙は、その約束を見える形にするものです。
けれど、約束そのものは、編集の段階でつくられます。
「誰に届けるか」を再定義できたとき、行き詰まったシリーズは、次の読者へ向かう入口を持ち直します。
- この記事の監修者
-
株式会社G.B.
雑誌・書籍・ムックの編集・出版を中心に、
その他にも広告媒体の企画・編集・制作著作権の管理・運用、翻訳、その他上記に付帯する一切の業務を行う。
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