「読まれる社史」を目指す前に知っておきたい、会社の歴史を残す本当の意味
「来月から、創立50周年の社史を担当してください」
そう言われて、古い会社案内や写真の箱を渡される。
過去の社史を開くと、歴代社長のあいさつ、会社の年表、昔の製品写真が並んでいる。
上司からは、もう一つ注文が加わる。
「せっかく作るなら、社員に読まれるものにしたい。
できれば、感動する社史にしてほしい」
社長室、総務、広報、周年事業の事務局。
社史の担当者になった人が、この言葉に困るのは珍しくありません。
専任の編纂チームがあっても、「どうすれば読まれるのか」が大きな課題になることがあります。
しかし、いきなり面白い企画や感動する物語を考え始めると、社史づくりは迷走します。
そもそも社史が何をする本なのか、先に理解していないからです。
記事の目次
3行でわかる、この記事の結論
社史は、企業の「歴史の教科書」です。 面白さより先に、事実を確認し、共通の記録をつくる役割があります。
その記録は、営業・採用・広報・Web発信の土台になります。 直接売上を生まなくても、知名度と信用を育てる基礎資料です。
社史の主体は企業側です。 社員が素材と判断を出し、編集者やライター、デザイナーが完成する形へ整えます。
「読まれる社史を」と言われた担当者が、最初に困ること
社史を作ることになった企業では、最初の会議で「前の社史はほとんど読まれなかった」という話が出がちです。
そこで、新しい社史には写真を増やす、社員インタビューを入れる、文章を短くする、といった案が並びます。
どれも悪い工夫ではありません。
ただし、「読まれる」とは何を指すのでしょうか。
全社員が最初から最後まで読むことなのか。
若手社員が自社の成り立ちを理解することなのか。
取引先が必要な箇所を調べられることなのか。
周年式典で社員が思い出を共有することなのか。
目的が違えば、作るべき本も違います。
写真を増やせば読まれるとは限らず、物語を強くすれば、客観的な記録として使いにくくなることもあります。
この混乱が起きるのは、社史という言葉の中に、歴史資料、周年の記念品、創業者の自伝、会社のブランドブックなど、性格の違う本がまとめて入っているからです。
社史は、会社の「歴史の教科書」である
社会、日本史、世界史の教科書を、休日に最初から最後までワクワクして読む人は多くありません。
教科書をそのまま書店に並べても、一般向けのベストセラーになるとは限らないでしょう。
それでも、教科書は必要です。
ある時代に何が起き、どのような順番で社会が変わったのかを、皆が共通して確認するためです。
面白い物語を読む前に、土台となる年号、人物、場所、制度、出来事を整理しておかなければなりません。
社史も同じです。
まず求められるのは、会社で起きたことを、後から確認できるようにすることです。
| 整理するもの | 確認できるようになること |
|---|---|
| 創業年、社名、拠点、組織 | 会社がいつ、どのような形で広がったか |
| 商品、サービス、技術 | 現在の事業が、何から生まれたか |
| 経営者、社員、関係者 | 誰が、どの役割を担ったか |
| 売上、受賞、事故、撤退 | 成功だけでなく、変化の理由は何だったか |
| 写真、広告、社内報、契約資料 | 当時の姿を、後世が検証できるか |
この基礎部分は、率先して読みたくなるとは限りません。
特別に感動的でなくても構いません。
正確で、探せて、後から使えることの方が先です。
人は、記憶を超えるために本をつくってきた
人の記憶は、その人がいなくなれば失われます。
口頭で伝えた話は、世代をまたぐたびに短くなり、内容も変わります。
人数が増え、拠点が増え、創業世代を知らない社員が増えるほど、会社は「昔から知っている人」の記憶だけでは動けなくなります。
長く続く宗教や国家、地域の共同体が、出来事や考えを文書に残してきたのも同じ理由です。
聖書のような文書は、同じ言葉を遠い場所や後の世代へ渡す役割を持ちました。
印刷技術が広がると、同じ内容を多くの人が共有できるようになりました。
会社も、数年なら口頭や引き継ぎ資料で足ります。
しかし、何十年、何世代と続く組織には、個人の記憶から独立した「共通の記録」が必要になります。
ここで本が強いのは、内容を一度確定し、始まりから終わりまで一つの形にできることです。
どこまで調べ、どの事実を載せ、どの写真を使ったのかが、一冊の版として残ります。
図1 社史は、営業・採用・広報へ展開する前の「確定版」になる
社史は直接お金を生まなくても、会社の信用を生む
社史は、多くの場合、商品として売る本ではありません。
制作費をかけても、すぐに売上として回収できるとは限りません。
そのため、忙しい会社では「今すぐ必要ではない仕事」として後回しにされます。
しかし、会社について外部へ説明するとき、必ず元になる情報が必要です。
コーポレートサイトの沿革、採用ページの会社紹介、営業資料、周年広告、新聞やテレビの取材、業界団体への提出資料、海外向けの紹介文。
どれも、過去の事実を確認できなければ作れません。
外部の記者やライターが会社を紹介するときも、何もないところから正確な記事は書けません。
会社が自ら整理した資料、過去の報道、商品資料、写真、年表などがあるから、第三者が会社について調べ、紹介できます。
知名度がなければ、問い合わせは増えにくく、高額な取引の候補にも入りにくくなります。
社史は営業資料そのものではありませんが、会社を正しく知ってもらうための材料を生み出します。
| 目の前の売上 | すぐに数字へ表れやすい |
| 会社の基礎資料 | 単体では売上になりにくい |
| 基礎資料から生まれる信用 | 採用、営業、広報の成果を長く支える |
「感動する社史」は、記録を作った後の発展形
顧客から「読まれる社史にしたい」と相談されることは、実際によくあります。
その要望を大きくすると、「社員や関係者が感動する社史にしたい」という願いにつながります。
周年という大切な機会ですから、結構なことです。
ただし、感動は社史という形式が自動的に生み出すものではありません。
感動するかどうかは、そこにどのような人間の物語を入れるかで変わります。
創業者がなぜ事業を始めたのか。
経営が苦しい時期に、何を守ったのか。
名も残らない社員が、どのような仕事を積み重ねたのか。
顧客との約束が、今の企業文化へどう残っているのか。
こうした出来事を、証言と資料から具体的に描けば、人は物語として読みます。
一方、事実確認が弱いまま、感動的な話だけを先に作ると、美談や宣伝に見えます。
社内事情を知る社員ほど、「実際は違う」と感じるでしょう。
図2 感動や活用は、客観的な記録の上に積み上げる
卒業アルバムも、修学旅行のしおりも、 それだけでは感動を生まない
周年記念誌は、学校の卒業アルバムに近い面があります。
功労者をたたえ、社員の写真を載せ、同じ時代を過ごした人たちが記憶を共有します。
修学旅行のしおりにも似ています。
予定、地図、注意事項、班の役割を書いた冊子そのものは、特別に面白い読み物ではありません。
それでも後になって大切に感じるのは、自分たちが予定を決め、同じ場所へ行き、写真を撮り、言葉を書き残したからです。
完成品だけでなく、参加した経験が思い出になります。
社史も、制作会社へ費用を払い、完成品を受け取れば感動するわけではありません。
社員が古い資料を探す。
OB・OGへ連絡する。
昔の出来事を聞く。
写真に写っている人を確認する。
どの事実を残すべきか社内で考える。
その面倒な作業を引き受けること自体が、自分たちの会社を未来へ残す行為です。
一言で「社史」といっても、作る本は四つに分かれる
社史づくりが難しいもう一つの理由は、違う目的の本を一冊にまとめようとすることです。
まず、自社が何を作ろうとしているのかを分けて考えます。
| 種類 | 主な目的 | 中心になる内容 | 主な読者 | 感動 |
|---|---|---|---|---|
| 記録型社史 | 会社の事実を保存する | 年表、組織、商品、拠点、数値、写真 | 経営、広報、研究者、後世 | 必須ではない |
| 周年記念誌 | 節目を皆で共有する | 功労者、社員、座談会、思い出、現在の姿 | 社員、OB・OG、取引先 | 生まれやすい |
| 理念・自伝型 | 考えや判断を継ぐ | 創業者、経営者、立役者の人生と思想 | 経営幹部、後継者、社員 | 物語次第 |
| ブランド物語型 | 社外へ価値を伝える | 顧客、社会、技術、挑戦のストーリー | 顧客、採用候補者、社会 | 伝え方次第 |
「記録を残したい」「社員をたたえたい」「創業者の理念を継ぎたい」「営業や採用へ使いたい」は、すべて大切ですが、同じ目的ではありません。
どれを中心にするかを決め、他の目的は別冊、コラム、Web展開などへ分ける方が、読者にも使う人にも分かりやすくなります。
今なら、社史は本ではなくWebサイトでよいのか
現代では、「紙の本を作らず、周年の特設サイトにすればよいのではないか」という意見も出ます。
Webは更新しやすく、検索でき、動画や音声も載せられます。
海外展開を考える企業なら、多言語化し、世界中から見られることも大きな利点です。
一方で、Webサイトは作れば自然に読まれるものではありません。
公開後も保守、更新、セキュリティ対応が必要です。
ページ数や完成地点が曖昧なため、資料収集と原稿作成が終わらず、企画が途中で止まることもあります。
本には、ページ数と締切があります。
内容を一度決め、校了し、一つの版として完成させなければなりません。
この制約が、散らばった資料を体系化する力になります。
そのため、まず本や冊子として土台を作り、その文章、写真、年表をWebへ展開する方法は合理的です。
紙が古く、Webが新しいという単純な優劣ではなく、紙は「確定と保存」、Webは「更新と展開」に強いと考えます。
図3 本とWebは競合するのではなく、役割を分けて使える
なぜ、出版と編集の仕組みが社史づくりに向いているのか
社史の材料は、最初から原稿として整っていません。
倉庫の段ボール、担当者のパソコン、退職者の自宅、古い広報誌、写真の裏書き、社員の記憶などに分かれています。
必要なのは、集めた資料をきれいに飾ることだけではありません。
いつの資料か。
誰が写っているか。
同じ出来事について証言が食い違っていないか。
社内用の話をどこまで公開できるか。
著作権や肖像の確認は必要か。
こうした問題を一つずつ解かなければなりません。
出版の編集工程は、散らばった情報を一つの完成物へするために作られてきました。
目的を決め、台割や章立てを作り、取材し、原稿にし、写真を選び、図表へ変え、事実を確認し、締切までに校了します。
PHASE 1 情報を集め、確かめる
01 資料収集
社内資料、写真、年表、関係者の証言を集めます。
02 事実確認
年代、人物、出来事、公開範囲を確認します。
PHASE 2 読める形へ組み立てる
03 構成設計
目的を整理し、章立てや台割、情報の順番を決めます。
04 取材・執筆
関係者から話を聞き、証言や資料を原稿にします。
PHASE 3 完成物へ仕上げる
05 図表・デザイン
年表、写真、本文、注釈を読みやすい誌面へ整理します。
06 校了・展開
内容を確定し、本・冊子・Webなどへ展開します。
Web記事も、元をたどれば同じ仕組みです。
紙かWebかにかかわらず、読む人が理解できる順番へ情報を整理する仕事は、編集の役割です。
「全部プロにお任せ」では、本物の社史は作れない
社史制作を外注するとき、「資料を渡すので、あとはプロに全部任せたい」と考える企業もあります。
しかし、外部の制作会社は、その会社で働いてきた当事者ではありません。
倉庫のどこに資料があるか、写真の人物は誰か、表に出せない事情は何か、どの出来事を会社として大切にするかは分かりません。
社史は、基本的には社内プロジェクトです。
企業側が素材となり、判断の主体になります。
そのうえで、編集者が全体をコーディネートし、ライターが証言を文字原稿にし、デザイナーが情報を理解しやすい形へ組み立てます。
デザイナーの仕事も、単なる飾りではありません。
年表、写真、本文、注釈をどの順番で見せるかを設計し、膨大な情報を読める形にします。
図4 社内と外部の役割を分けると、社史制作は進めやすくなる
会社が栄えているうちに、歴史を残す
歴史を残す作業は、目の前の売上や納期より後回しになりやすい仕事です。
ところが、必要になってから始めようとしても、すでに聞けないことがあります。
創業期を知る人が亡くなる。
退職者と連絡が取れなくなる。
古い写真が処分される。
データの保存形式が読めなくなる。
事業撤退や移転で資料が散る。
会社が大きくなり、社員、拠点、事業、世代が増えるほど、共通の記録の必要性は高まります。
上場企業や長寿企業で社史編纂が重要になるのは、立派な記念品を作るためだけではありません。
組織の中で、誰も全体の歴史を知らなくなるからです。
そして、歴史編纂には時間と費用だけでなく、人へ話を聞く余裕、過去を振り返る心理的な余裕も必要です。
企業が厳しい状況へ入ってからでは、目の前の対応が優先され、長期的な記録を残すことは難しくなります。
社史担当になったら、最初に決める四つのこと
最初からページ数や装丁を決める必要はありません。
まず、次の四つを社内で言葉にします。
何を残すのか 客観的な会社記録、周年の思い出、創業者の理念、社外向けの物語のうち、中心を決める。
誰が確認するのか 事実、写真、公開範囲を確認できる責任者を決める。
誰が素材を出すのか 現役社員、OB・OG、取引先など、証言と資料を持つ人を洗い出す。
どこまで展開するのか 本で確定版を作るのか、Web、多言語、採用、映像まで使うのかを考える。
ここが決まれば、必要な資料、取材人数、ページ数、制作期間、予算を現実的に組み立てられます。
逆に、目的が曖昧なまま「読まれるものを」と始めると、社員紹介も年表も創業者物語も詰め込み、誰のための本か分からなくなります。
誰も進んで読まない本が、会社を未来へ残す
社史は、いつでも誰もが読みたくなる娯楽作品ではありません。
まずは、会社がいつ始まり、誰が何を行い、どのように現在へたどり着いたのかを確認するための、企業の歴史教科書です。
その客観的な記録があるから、創業者や社員の物語を加えられます。
営業、採用、広報、Web、海外展開へ使えます。
周年を迎えた人たちが、自分たちの歩みを振り返ることもできます。
読まれる社史、感動する社史を目指すことは、発展形として大切です。
ただし、その前に、会社として何を記録し、何を未来へ渡すのかを決めなければなりません。
本物の社史は、外部のプロが会社の代わりに作るものではありません。
会社の人たちが、自分たちより遠い未来を見て、資料と記憶を差し出す。
編集者や制作スタッフは、それを一冊として完成できるように支える。
誰も進んで読まないかもしれない本を、なぜ企業はつくるのか。
社史・周年記念誌の企画段階からご相談ください
株式会社ジー・ビーでは、目的整理、資料調査、取材、執筆、編集、図表・デザイン、校正、印刷用データ制作、Web展開の設計まで、必要な工程を組み立てます。企業側にお願いする確認や資料準備も、最初に整理して共有します。社史・周年記念誌の制作について問い合わせる
- この記事の監修者
-
株式会社G.B.
雑誌・書籍・ムックの編集・出版を中心に、
その他にも広告媒体の企画・編集・制作著作権の管理・運用、翻訳、その他上記に付帯する一切の業務を行う。
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