本を出す前に、その一冊で誰との関係を変えるかを決める

展示会で集めた名刺へメールを送っても、返信はほとんどない。
採用サイトには社員インタビューや制度を載せたのに、候補者からは「他社との違いが分からない」と言われる。
長く取引している顧客にも、自社が別のサービスを提供していることまでは知られていない。

情報を発信していないわけではありません。

営業資料、Webサイト、SNS、動画、会社案内。
企業はすでに、いくつもの媒体を持っています。
それでも、相手の理解が浅いまま止まる場面があります。

ここで企業出版が選択肢に入ります。

ただし、「本を出せば認知が上がる」「会社の歴史を残せる」という理由だけでは、出版する意味は弱いままです。
広く名前を届けるなら、SNSやYouTube、Web広告のほうが速く、接触数も把握しやすいからです。

本が担うのは、単純な認知ではありません。

まだ取引のない人に課題を深く理解してもらい、相談先の候補に入る。
採用候補者に仕事の実態まで伝え、自分が働く姿を考えてもらう。
既存顧客に商品単体ではなく会社の考え方を理解してもらい、次の相談や紹介につなげる。

本は、多くの人へ一瞬で届く媒体ではありません。
特定の相手に長く読まれ、関係を一段深くする媒体です。

この記事では、企業出版をリード獲得、採用、LTVという三つの目的から整理します。
あわせて、認知をどのように捉えるべきか、目的によって企画や使い方がどう変わるのかを見ていきます。

企業出版の目的は「会社を知ってもらうこと」ではない

企業出版の企画会議では、次のような要望がよく出ます。

「創業からの歴史を残したい」

「代表の思いを伝えたい」

「事業内容を広く知ってもらいたい」

「会社のブランドを高めたい」

どれも企業側にとっては大切です。
しかし、このままでは読者が二百ページを読む理由になりません。

読者が知りたいのは、その会社の情報そのものではないからです。

経営者なら、自社が抱えている問題をどう見ればよいのかを知りたい。
サービスの導入担当者なら、複数の提案から何を基準に選べばよいのかを知りたい。
就職活動中の学生なら、入社後にどんな仕事を引き受けるのかを確かめたい。

企業の歴史や代表の経験は、その問いに答える材料として使われたとき、初めて読者に必要な情報になります。

たとえば、財務コンサルティング会社が、提供サービスを順番に紹介するだけでは営業資料と変わりません。

一方で、「黒字なのに、なぜ会社の通帳にお金が残らないのか」という問いから始めれば、経営者は自社の問題として読み始められます。
その原因を解く途中で、保険、証券、不動産、役員報酬、資金繰りといった会社の専門領域が登場する。
ここでは、会社の情報が読者の判断材料へ変わっています。

企業出版の主役は、会社ではありません。

その会社だからこそ答えられる、読者の問いです。

図1 企業出版の目的は、三つの関係を変えること
企業出版がリード獲得、採用、LTVの各場面で相手との関係を深める流れ

「認知」を出版のゴールにすると、本の役割がぼやける

企業出版の目的として、「認知拡大」が挙げられる場面があります。

もちろん、本をきっかけに会社を知る人はいます。
新聞やWebメディアで紹介されたり、書籍の一部をSNSや動画へ展開したりすれば、新しい接点も生まれます。

ただし、社名や商品名を広く覚えてもらうことだけが目的なら、本は第一選択になりません。

短期間で接触数を増やすなら広告がある。
継続的に情報を届けるならSNSがある。
人柄や話し方まで伝えるならYouTubeや音声メディアがある。
それぞれ、本よりも速く、細かく反応を確認できます。

企業出版に求めるべきなのは、認知の量ではなく、理解の深さです。

会社名を見たことがある。

何をしている会社か知っている。

どんな問題意識を持つ会社か理解している。

この問題なら、この会社に相談したいと思う。

この四つは、同じ認知ではありません。

本が力を発揮するのは、最後の二つです。
企業の考え方や判断基準まで伝え、「相談先として思い出される状態」をつくることです。

したがって、出版目的を「認知拡大」とだけ置くのは不十分です。

  • 誰に知ってもらうのか。
  • その人に何を理解してもらうのか。
  • 理解したあと、どんな判断や行動につなげるのか。

ここまで決める必要があります。

企業出版は、認知施策単体ではありません。
SNS、動画、広告、セミナーなどで生まれた接点を、深い理解へ進める役割を持ちます。

図2 企業出版の認知は、理解の深さと関係の深まりにある
SNSや動画などで生まれた接点を、本によって深い理解と相談候補へ進める図

リード獲得では「問い合わせを増やす本」より、相談の質を変える

リード獲得を目的にする場合、企業出版で狙うのは、単純な問い合わせ件数の増加だけではありません。

商品やサービスの価格が高い。
内容が複雑で、違いを説明しにくい。
導入までに複数人の合意が必要になる。
顧客自身が、何を基準に選べばよいか分かっていない。

こうしたサービスでは、広告を見てすぐに契約する人は多くありません。
問い合わせが入っても、「結局、いくらですか」「他社より何が安いですか」という比較から始まりやすくなります。

本では、商品を紹介する前に、顧客が考えるべき順番を渡せます。

何を確認すべきか。

  • 価格差はどこから生まれるのか。
  • 安さを優先してよい条件は何か。
  • 自社で判断できる範囲はどこまでか。
  • 専門家へ相談すべき場面はどこか。

こうした判断基準を読んだ人は、商談へ持ってくる質問が変わります。

図3 リード獲得では、問い合わせ件数より相談の質を変える
商品説明中心の営業から、読者へ判断基準を渡して具体的な相談へつなげる流れ

「いくらですか」だけではなく、「導入後の運用は誰が担いますか」「この条件では、どんなリスクがありますか」「三年後に見直すとしたら、何を確認しますか」と聞けるようになる。

企業出版は、売り手の説明時間を増やすものではありません。
買い手が考えられる状態をつくる営業支援です。

モデル事例:複雑な法人サービスを、比較の教科書に変える

ある法人向けサービス会社では、営業担当者ごとにサービス説明の仕方が異なっていました。

資料には機能や導入実績が並んでいます。
しかし、顧客は複数社から似た説明を受けているため、最後は金額で比較します。
営業担当者は「当社はサポートが違います」と伝えますが、契約前の顧客には、その差を判断できません。

そこで本の企画を、サービス紹介から「導入先を選ぶための判断基準」へ変えました。

章立ては、会社の沿革や代表の思いから始めません。

導入後に起きやすい問題、価格差が生まれる理由、契約前に確認すべき運用体制、失敗しやすい社内条件、自社で決めておくべき項目を順に整理しました。

会社の事例や方針は、その判断基準を説明するために使います。

刊行後は、初回商談の前に本を送りました。
読了を契約条件にはしません。
ただ、顧客が自社の状況を考え、質問を持った状態で打ち合わせへ入れるようにしたのです。

その結果、商談は機能説明から始まらなくなりました。

本がつくったのは、大量のリードではありません。
話が前へ進むリードです。

採用では、魅力を増やすより「働く現実」を渡す

採用を目的とする本は、営業目的の本とは入口が異なります。

採用サイトには、事業内容、福利厚生、社員インタビュー、研修制度、数字で見る会社情報が並びます。
必要な情報ですが、多くの企業が同じ項目を載せているため、候補者から見ると違いが分かりにくくなります。

ここで「挑戦できる会社です」「若手が活躍しています」「風通しのよい職場です」と言葉を足しても、他社と似た表現が増えるだけです。

候補者が本当に知りたいのは、入社したあとに何が起きるかです。

どんな顧客と向き合うのか。

  • 新人はどこで戸惑うのか。
  • 仕事の地味な部分は何か。
  • 失敗したとき、先輩や上司はどう動くのか。
  • この会社で評価される判断は何か。
図4 採用では、魅力を増やすより「働く現実」を渡す
会社の魅力を伝えるだけでなく、仕事の厳しさや判断基準を示して候補者の理解を深める図

本は、仕事の魅力だけでなく、面倒さや厳しさまで同じ文脈で描けます。

応募者を増やすために仕事を明るく見せるのではありません。
候補者が「自分は、この仕事を引き受けたいか」を判断できる材料を渡します。

その結果、応募数が急増しなくても、入社後のズレを減らせます。

採用出版で追うべき成果は、知名度だけではありません。
応募者の理解度、選考中の質問、内定承諾の理由、入社後の定着まで含めて考える必要があります。

モデル事例:会社の魅力ではなく、仕事のつながりを描く

ある会社は、社会を支える複数の事業を持っていました。

しかし、就職活動中の学生から見ると、一つひとつの仕事が地味で、会社全体の役割もつかみにくい。
採用サイトで事業規模や売上を示しても、「自分が何をする会社なのか」までは伝わっていませんでした。

そこで本では、会社を大きく見せることをやめました。

水道、住宅、農業、物流など、別々に見える現場が、暮らしの中でどうつながっているかを描きました。
目立つ仕事だけが社会を動かしているのではなく、必要なものを必要な場所へつなぐ仕事がある。
その中で、若手社員がどんな判断を任されるのかを具体的に示しました。

候補者に伝えたのは、「成長できる会社」という抽象的な魅力ではありません。

自分の仕事が、誰の何につながるのかです。

採用の本は、会社を好きにさせるためのパンフレットではありません。
ここで働く自分を、候補者が具体的に想像するための材料です。

LTVでは、商品を買う顧客から「会社を選ぶ顧客」へ変える

企業出版の価値を考えるとき、新規顧客の獲得だけに目を向けると、大きな役割を見落とします。

すでに取引のある顧客との関係を深めることです。

顧客は、利用している商品については理解していても、その会社が持つ別のサービスや知見までは知りません。

保険を契約している顧客が、同じ会社に資産運用や事業承継の相談ができると知らない。
システムを導入した顧客が、業務設計や組織運用まで支援できる会社だと知らない。
住宅を建てた顧客が、相続や不動産活用も相談できると知らない。

営業担当者が追加提案すると、売り込みに見える場面があります。

本で会社の考え方や問題の捉え方を伝えると、個別商品の紹介ではなく、「この会社は、顧客の問題をどこまで見ているのか」を理解してもらえます。

ここで生まれるのが、LTVです。

継続利用、追加契約、関連サービスの利用、紹介。
数字としては複数の形で現れますが、その前には共通する変化があります。

顧客が商品ではなく、会社の判断基準を信頼することです。

「この商品を買った会社」から、「困ったときに、まず相談する会社」へ変わる。

企業出版は、ロイヤルカスタマーをつくるための媒体にもなります。

図5 LTVでは、商品を買う顧客から「会社を選ぶ顧客」へ変える
既存顧客が商品理解から会社の判断基準への信頼を深め、次の相談へ進む流れ

モデル事例:既存顧客へ、次の相談テーマを渡す

ある会社では、既存顧客との関係は良好でした。
しかし、取引は最初に契約した商品だけで止まっていました。

担当者は定期的に訪問しています。
それでも、別のサービスを案内すると、追加営業と受け取られる懸念があります。
顧客側も、自社が抱えている別の問題を、その会社へ相談できるとは考えていませんでした。

そこで本では、商品ごとの説明を並べませんでした。

経営者が会社のお金を守るために、どの順番で考えるべきかを整理しました。
資金繰り、保険、資産運用、事業承継といったテーマを、一つの経営課題としてつなぎます。

読者は、自社の状況を読みながら、「いま相談すべき問題は何か」を考えられます。

本を渡したあと、すぐに追加契約を求める必要はありません。

顧客の側から、「うちの場合はどう考えればいいですか」「このテーマも相談できますか」という問いが出る。
そこから次の接点が生まれます。

LTVを高めるとは、商品を次々に売ることではありません。
顧客が相談できる範囲を広げ、関係を長くすることです。

ブランディングは、三つの目的を支える土台になる

リード獲得、採用、LTVは別々の目的です。

しかし、どの本にもブランディングは関わります。

ここでいうブランドは、ロゴやキャッチコピーの印象ではありません。
「この会社は、どんな場面で、何を優先して判断するのか」が、読者の中に残ることです。

理念として「信頼」「挑戦」「顧客第一」と掲げるだけでは、会社ごとの差は見えません。

  • 納期を短くできた場面で、なぜ断ったのか。
  • 利益を増やせた案件で、なぜ別の方法を提案したのか。
  • 失敗したあと、どの仕組みを変えたのか。
  • 顧客の要望と自社の基準がぶつかったとき、何を守ったのか。

本では、こうした複数の場面を一つの文脈に置けます。

離れた出来事に同じ判断が現れると、読者は「この会社なら、こう動く」と予測できるようになります。

リード獲得では、相談先としての信頼になる。

採用では、働く場所を選ぶ基準になる。

LTVでは、次の課題も任せる理由になる。

ブランディングは、出版目的の一つとして横に並べるものではありません。
それぞれの目的を支える土台です。

目的が違えば、企画も配布方法も成果指標も変わる

一冊の本を、営業、採用、既存顧客、社内研修のすべてに使うことはできます。

ただし、最初からすべてを同じ強さで狙うと、読者も入口もぼやけます。

企画段階では、中心となる目的を一つ決めます。

リード獲得が中心の場合

読者は、問題を抱えている見込み顧客です。

本の入口は、サービス紹介ではなく、読者がまだ整理できていない課題に置きます。
営業前の送付、セミナー参加者への配布、資料請求後の提供など、商談へ入る前の理解をつくる場面で使います。

確認する指標は、問い合わせ件数だけではありません。
商談化率、相談内容、価格以外の質問が増えたか、意思決定までの期間がどう変わったかを見ます。

採用が中心の場合

読者は、応募前または選考中の候補者です。

仕事の魅力だけでなく、現場で迷う場面や、会社が求める判断まで描きます。
説明会後、面接前、内定後など、候補者が入社を判断するタイミングで使います。

応募数だけでなく、選考中の質問、辞退理由、内定承諾率、入社後のギャップを確認します。

LTVが中心の場合

読者は、既存顧客や取引先です。

現在の商品説明ではなく、顧客が次に直面する課題や、会社が提供できる支援の全体像を示します。
定期訪問、契約更新、顧客向けセミナー、周年時の配布など、関係を見直す場面で使います。

継続率、追加相談、関連サービスの利用、紹介件数などを確認します。

本の目的は、完成した原稿の内容だけでは決まりません。

誰に、いつ、どのように渡し、読後に何を起こすのか。
ここまで含めて、一冊の商品設計です。

企業出版が向いている会社、向いていない会社

企業出版は、すべての企業に必要な施策ではありません。

商品名を短期間で広く知らせたい。
キャンペーンの申込数をすぐに増やしたい。
日々変わる情報を頻繁に更新したい。
こうした目的には、広告、SNS、動画、Web記事のほうが向いています。

一方で、次のような会社では、本をつくる意味があります。

  • サービスの違いを短い言葉では説明しにくい。
  • 購入や契約までに、顧客の理解が必要になる。
  • 価格だけで比較されると、本来の価値が伝わらない。
  • 会社の考え方が、採用や顧客継続に影響する。
  • 複数の商品やサービスを、一つの思想でつなげたい。
  • 現場に蓄積された知見があるが、まだ言葉になっていない。

こうした会社では、本が単発の広報物ではなくなります。

営業、採用、顧客支援、研修、Web記事、動画、セミナーへ展開する言葉の基盤になります。

まとめ

企業出版の目的を「会社を知ってもらうこと」と置くと、本をつくる理由は弱くなります。

広く名前を届けるだけなら、SNSやYouTube、広告のほうが速い。
企業出版が担うのは、接触数を増やすことではなく、相手の理解を深め、関係を変えることです。

見込み顧客へ判断基準を渡し、相談の質を変える。

採用候補者へ仕事の現実を伝え、入社後のズレを減らす。

既存顧客へ会社の考え方を伝え、次の相談や紹介につなげる。

リード獲得、採用、LTVでは、読者も、企画の入口も、配布する場面も異なります。

だから、本をつくる前に決めるべきなのは、「どんな会社紹介をするか」ではありません。

  • 誰との関係を、どう変えたいのか。
  • そのために、読者へどんな問いと判断基準を渡すのか。

企業出版は、会社を大きく見せるための施策ではありません。
会社が持つ知見を、顧客や候補者との長い関係へ変える仕事です。

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この記事の監修者
株式会社G.B.

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