売れた本の続きを、さらに深く掘る。
それだけがシリーズ化ではありません。
現実には、一度つくった企画の型を、別のテーマや市場へ運ぶ「横展開」の方が、次の一冊を立ち上げやすいことがあります。
シリーズ企画で先に考えたいのは、続編の題材ではなく、何を残せば別のテーマでも同じ価値を届けられるかです。
「1冊目が売れたら、同じ読者へ向けて2冊目を出しましょう」
シリーズ企画について考えるとき、まず浮かびやすい発想です。
1冊目で基礎を扱い、2冊目で実践、3冊目で応用へ進む。
読者の理解を段階的に深める方法であり、テーマによっては、とても有効です。
けれど、すべての企画が、その進み方に向いているわけではありません。
1冊目を買った人の全員が、同じテーマをもっと深く知りたいとは限らないからです。
入門書を読んで必要な判断ができれば、そのテーマからいったん離れる人もいます。
著者が次の専門領域まで書けるとは限りません。
市場を細く掘り進めるほど、2冊目の読者が少なくなることもあります。
一方で、1冊目で評価された「読みやすさ」や「見せ方」は、別のテーマでも求められます。
難しい話を、図解から理解できる。
専門知識がなくても、判断の順番が分かる。
一冊で一つの悩みに答える。
堅いテーマでも、身近な場面から読める。
こうした価値は、テーマが変わっても持ち運べます。
G.B.が手がけてきた実用書や図解本でも、ひとつの題材を奥へ掘り続けるより、企画の型を別のテーマへ移すことで、シリーズの可能性が広がるケースがあります。
シリーズ化を見据えた書籍企画で考えたいのは、2冊目の「続き」だけではありません。
この企画の何が、別の一冊でも通用するのか。
どこまでを固定すれば、違うテーマでも同じシリーズに見えるのか。
編集、デザイン、販促のどこを、次回も使える資産として残すのか。
シリーズとは、一人の読者を追いかけ続ける形式ではありません。
一度つくった「売れる型」を、別のテーマや市場へ持っていけるようにする仕組みです。
記事の目次
売れた本の「続き」を考えるだけでは、シリーズにならない
売れた本があると、次に考えやすいのは続編です。
前作で扱い切れなかった内容を入れる。
より専門的な話へ進む。
対象読者を上級者へ変える。
著者の新しい知見を加える。
どれも自然な発想です。
ただし、内容が前作の続きであることと、シリーズとして売れることは同じではありません。
2冊目を手に取るには、前作を読んだ人が、まだ同じテーマについて困っている必要があります。
さらに深く知りたいと思っている必要もあります。
その条件を満たす読者が少なければ、1冊目より市場は小さくなります。
内容は濃くなっても、企画として説明しにくくなることがあります。
また、続編という言葉には、「前作を読んでいないと分からないのではないか」という印象もあります。
新しくそのテーマへ入る読者にとって、2冊目から手に取る理由が弱くなります。
ここで、シリーズを二つに分けて考えます。
一つは、同じ読者を次の段階へ連れていく「縦のシリーズ」です。
もう一つは、同じ企画の型を別テーマへ運ぶ「横のシリーズ」です。
縦のシリーズでは、基礎、実践、応用のように、読者の理解を深めます。
横のシリーズでは、税金、相続、保険、住宅とテーマが変わっても、「専門知識がなくても、図解で判断できる」といった共通価値を保ちます。
現実には、この二つを混ぜることもあります。
けれど、最初から深掘りだけをシリーズの正解にすると、企画の行き先が狭くなります。
続編を考える前に、横へ運べる型があるかを見る。
その視点があると、1冊目を「このテーマだけの完成品」ではなく、次の企画にも使える原型として設計できます。
横展開するのはテーマではなく「企画の型」
横展開というと、テーマを並べることだと思われがちです。
お金の本が売れたから、次は保険。
相続の本が売れたから、次は不動産。
採用の本が売れたから、次は人材育成。
テーマ同士が近ければ、企画はつながって見えます。
しかし、隣のテーマを選んだだけでは、シリーズにはなりません。
読者から見れば、毎回違う本が並んでいるだけだからです。
出版社や制作側から見ても、巻ごとに読者、構成、判型、図解量、タイトルの考え方を一から決めるなら、単発企画を繰り返しているのと変わりません。
横展開で持ち運ぶのは、題材ではありません。
その本が読者へ提供した「読み方」と「読後価値」です。
たとえば、1冊目が評価された理由を、次のように分解します。
一つの見開きで、一つの疑問が解決する。
文章を読む前に、図から全体像をつかめる。
専門用語ではなく、生活や仕事の場面から始まる。
知識を増やすだけでなく、何を選ぶかまで分かる。
最初から最後まで読まなくても、必要なページから使える。
これらが企画の型です。
テーマが相続から住宅へ変わっても、この型は保てます。
著者が変わっても、読者が同じ読み方を期待できます。
書店やオンラインストアでも、「難しいテーマを、この方法で読めるシリーズ」と説明できます。
企画の型が見つかると、シリーズの中心はテーマ名ではなくなります。
読者は「次は何の本か」だけでなく、「次も同じように分かるか」で選べるようになります。
シリーズ名は本を分類するラベルではありません。
別のテーマへ移っても、同じ価値を受け取れるという約束です。
シリーズで固定するもの、巻ごとに変えるもの
横展開を成立させるには、何を残し、何を変えるかを先に決めます。
すべてを同じにすると、テーマを変えた意味がなくなります。
反対に、毎回すべてを変えると、同じシリーズには見えません。
そこで、1冊目の企画書に「シリーズ共通」と「巻ごとに設計」を分けて書きます。
シリーズで固定するもの
- 読者へ約束する読書体験
- 一冊で扱う問題の大きさ
- 説明の難易度と語り口
- 見開きや章の基本フォーマット
- 図解、写真、本文の役割分担
- タイトルの文法と表紙の識別要素
- 読み終わった人ができるようになること
巻ごとに変えるもの
- 中心テーマと読者が置かれている場面
- 著者、監修者、取材先
- 事例と具体的な悩み
- 象徴となる色やモチーフ
- 検索や販促で使う問い
- 書店で置かれる棚や法人提案先
大切なのは、固定項目を増やすことではありません。
シリーズの価値に関係しないところまで固定すると、次のテーマに合わせにくくなります。
たとえば、同じページ数を守るために説明を削りすぎる。
前作と同じ章数に合わせるため、テーマに合わない構成になる。
表紙の統一感を優先し、その巻で伝えたい違いが見えなくなる。
固定するのは、読者がシリーズを選ぶ理由です。
安心して変えるために、変えてはいけない部分だけを決める。
この線引きがあると、巻数が増えても、制作会議が毎回ゼロへ戻りません。
横へ運べる企画に必要な5つの条件
すべての本が、横展開に向いているわけではありません。
著者個人の体験そのものが価値になる本や、ひとつの事件を追うノンフィクションは、同じ型だけを別テーマへ移しても成立しないことがあります。
横展開しやすい企画には、共通する条件があります。
一冊の役割を、一文で説明できる
「幅広く学べる本」では、何を横展開するのか分かりません。
「難しい制度を、見開き図解で判断できるようにする本」のように、テーマを外しても役割が残ることが必要です。
テーマより強い読書体験がある
相続がテーマだから読まれたのか。
図解が分かりやすかったから読まれたのか。
困った場面から始まる構成が役立ったのか。
1冊目が選ばれた理由を分けて考えます。
別テーマでも再現できる理由があれば、横展開の核になります。
フォーマットが内容を助けている
見開き、図解、Q&A、チェックリストなどは、見た目を統一するために置くものではありません。
読者が情報を理解し、比べ、選ぶために機能している必要があります。
内容と結びついたフォーマットは、別テーマへ移しても価値を持ちます。
著者が変わっても、シリーズの説明ができる
一人の著者にしか成立しない企画は、その人の続編には向いていても、横展開には向きにくい場合があります。
監修者や著者が変わっても、編集方針と読者への約束を説明できるかを確認します。
別テーマの候補が、三つ以上見える
次の一冊だけではなく、同じ型で扱えるテーマを三つほど挙げてみます。
ここで候補が出ない場合は、シリーズの型ではなく、1冊目の題材そのものを言い換えている可能性があります。
横展開できる企画は、テーマを外しても説明できます。
この確認を1冊目の企画段階で行うと、その場限りのアイデアと、育てられるシリーズの原型を分けやすくなります。
モデル事例:一冊の図解本を、別テーマへ横展開する
ここでは、G.B.で検討してきた複数の実用書・図解企画をもとに再構成したモデル事例を紹介します。
最初の企画は、少し難しい知識を、身近な疑問と図解で理解できる一冊でした。
当初は、そのテーマの情報をどこまで詳しく入れるかが議論の中心でした。
基礎知識をどこまで説明するか。
事例を何件入れるか。
応用編を別冊にするか。
次は同じテーマを、さらに深く掘るか。
しかし、企画を見直すと、読者が評価するものは情報量だけではありませんでした。
難しい話が、生活や仕事の中にある疑問から始まること。
文章をすべて読まなくても、図解から要点をつかめること。
読み終わったあと、知識を誰かに説明できること。
価値の中心にあったのは、扱ったテーマそのものではなく、難しいことが、自分の知っている場面とつながって見える読書体験でした。
そこで、シリーズの原型を次のように置き直しました。
知っているようで説明できないことを、身近な疑問と図解で理解するシリーズ
この型なら、同じテーマを奥へ掘るだけでなく、売れ筋の大きなテーマへ横展開できます。
お金は、どこから生まれ、どこへ動いているのか。
人は、なぜ損だと分かっていても同じ選択をするのか。
売れる商品と、売れない商品の違いはどこにあるのか。
睡眠、疲労、食欲は、体の中でどうつながっているのか。
歴史上の出来事は、いまの社会や仕事にどう続いているのか。
たとえば、
「知らないと損する、お金の仕組み」
「人はなぜ、そう動くのか。
日常でわかる心理学」
「売れる商品は何が違う? 身近な事例で学ぶマーケティング」
「体の中では何が起きている? 健康の仕組み」
「いまにつながる歴史の読み方」
といった展開が考えられます。
各巻で扱うテーマも、監修者も、想定する読者も同じではありません。
けれど、
「難しい知識を、身近な疑問から理解したい」
「専門用語の説明より、まず全体の仕組みをつかみたい」
「読み終わったあと、自分の言葉で説明できるようになりたい」
という読者の希望は共通しています。
シリーズで固定するのは、次の部分です。
- 一見開きで、一つの疑問に答える。
- 最初に、生活や仕事の中にある身近な場面を置く。
- 図解を先に見ても、話の方向が分かる。
- 専門家の説明を、そのまま専門用語で載せない。
- 読み終わったあとに、人へ話したくなる発見を入れる。
巻ごとに変えるのは、テーマ、監修者、事例、色、タイトルの具体語、主な販売先です。
こうすると、1冊目の制作で決めたことが、次の企画でも使えます。
誌面フォーマットがあるため、監修者へ依頼する原稿の粒度を説明しやすくなります。
タイトルや表紙の文法が見えているため、新しいテーマを企画会議で比較しやすくなります。
書店や法人にも、
「難しい知識を、身近な疑問と図解で理解するシリーズです」
と短く説明できます。
既刊を見本にすれば、次に扱えるテーマについて、監修者や取引先から提案を受けることもできます。
横展開とは、内容だけを入れ替えて、似た本をつくることではありません。
一度つくった読書体験と編集上の判断を、別の売れ筋テーマへ運べるようにすることです。
本を増やす前に、制作と販売の資産を残す
横展開の利点は、企画を考えやすくなることだけではありません。
1冊目の制作でつくったものを、次へ持ち越せることです。
残せる資産は、本文や図版だけではありません。
企画の資産
- シリーズの一文説明
- 読者への約束
- テーマ選定の条件
- 各巻で扱う問題の大きさ
制作の資産
- 章立てと見開きの基本フォーマット
- 監修者へ渡す執筆/取材シート
- 図版の種類と制作ルール
- 校正、確認、許諾のチェック項目
- 標準ページ数と工数の目安
販売の資産
- シリーズを説明する営業文
- 既刊と新刊を並べる書店提案
- 法人へ提案できる利用場面
- Web記事やSNSで使う切り口
- 監修者や著者が発信するときの素材
これらが残っていれば、2冊目はゼロから始まりません。
もちろん、テーマが変われば調査も取材も必要です。
けれど、「何を決める企画なのか」「どの粒度で書くのか」「何を図にするのか」を共有するところからやり直す必要はありません。
売れる仕組みとは、刊行すれば自動的に売れる方法ではありません。
1冊目で得た編集、制作、販売の知見が、次の企画で再利用される状態です。
さらに、横展開では販売先も広げられます。
テーマが変われば、書店の棚も、法人提案先も、監修者の発信先も変わります。
同じ読者だけを追うより、シリーズの入口を複数つくれます。
一冊ごとの市場へ入りながら、シリーズ全体の認知を増やす。
これが、横展開を前提にした「売れる仕組み」です。
実務に落とす最小セット
シリーズ全体の事業計画をつくる前に、まず次の8項目を書いてみてください。
1冊目で評価されてほしいことは何か
テーマ名ではなく、読者が感じる価値を書きます。
例:専門知識がなくても、図を見ながら判断の順番を理解できる。
テーマを外しても残る企画の説明は何か
別テーマでも使えるシリーズの一文説明を書きます。
例:難しい制度を、生活の場面から自分の判断へ変える見開き図解シリーズ。
シリーズで固定する読書体験は何か
構成、難易度、図解、読後の行動など、読者が次巻にも期待することを書きます。
巻ごとに変えるものは何か
テーマ、著者、事例、色、販売先など、各巻に合わせて設計するものを書きます。
横展開できるテーマを三つ挙げられるか
隣接分野に限定せず、同じ読み方が役立つテーマを挙げます。
著者や監修者が変わっても成立するか
個人の知名度や語り口ではなく、編集方針でシリーズを説明できるか確認します。
次回へ残す制作資産は何か
フォーマット、執筆シート、図版ルール、確認項目、標準工数などを書きます。
次巻の販売先を、どこまで広げられるか
書店の別棚、法人、学校、セミナー、Web検索など、新しい入口を考えます。
最後に、次の一文へまとめます。
[どんな読書体験]を、
[どのようなフォーマット]で届け、
[どんな別テーマ]へ横展開できるシリーズか。
この一文が言えれば、2冊目のタイトルを決める前に、シリーズとして残すものを共有できます。
まとめ
シリーズ化を見据えた書籍企画は、1冊目の続きを何冊並べるか決めることではありません。
同じテーマを深掘りする縦展開が向く企画もあります。
けれど、現実には、一度つくった企画の型を別テーマへ運ぶ横展開の方が、新しい読者や販路へ入りやすいことがあります。
考える順番は、次のとおりです。
- 1冊目が評価される理由を、テーマと読書体験に分ける。
- テーマを外しても残る、シリーズの一文説明をつくる。
- 固定するものと、巻ごとに変えるものを分ける。
- 別テーマの候補を三つ以上挙げる。
- 制作と販売の資産を、次の企画へ残す。
横展開は、同じデザインで内容だけを入れ替えることではありません。
テーマが変わっても、読者へ同じ価値を届けるために、編集の判断を再現することです。
1冊目をつくるとき、その本だけを完成させようとすると、企画も制作工程も発売日に閉じます。
一方で、次のテーマへ持っていくものを決めておけば、1冊目はシリーズの原型になります。
既刊が、新しいテーマの見本になる。
誌面の型が、次の監修者との共通言語になる。
販売実績が、別の棚や法人へ入る材料になる。
シリーズとは、本を似せて並べる形式ではありません。
一度つくった「売れる型」を、別のテーマでも生かせるようにする編集の仕組みです。
- この記事の監修者
-
株式会社G.B.
雑誌・書籍・ムックの編集・出版を中心に、
その他にも広告媒体の企画・編集・制作著作権の管理・運用、翻訳、その他上記に付帯する一切の業務を行う。
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